『鮫肌男と桃尻女 2Kレストア』上映レポート

25年の時を経てスクリーンに蘇る!
『鮫肌男と桃尻女 2Kレストア』
上映レポート

text:折田侑駿


 1999年に封切られ、日本映画界に新風を巻き起こした『鮫肌男と桃尻女』。主演に浅野忠信を迎え、石井克人監督の商業長編デビュー作となった本作は、望月峯太郎による同名マンガ作品を映画化したもの。ヤクザから追われる鮫肌黒男(浅野忠信)と、退屈な日常から抜け出そうとする桃尻トシコ(小日向しえ)の奇天烈な逃避行を描いた作品だ。公開当時はミニシアター系の日本映画として数々の記録を塗り替え、伝説的な一作となった。


 そんな本作が25年の時を経て、2Kレストアを施したニューマスター版として初のBlu-ray化。これを記念し、5月20日に東京・新宿ピカデリーにて、一夜かぎりのプレミアム上映イベントが開催された。上映後のトークには、本作で初タッグを組んだ石井監督と浅野が登壇。撮影当時のことを振り返り、語り合った。


・『すごい作品が来た!』


 鑑賞直後の熱を帯びた観客の拍手に迎えられ、「こんなに古い作品に、こんなにも多くの方に集まっていただいて。感無量でございます」と石井監督からまず一言。浅野は「どうも、鮫肌黒男です」と挨拶をし、「『鮫肌』で舞台挨拶をする日がまたやってくるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりしています。タイムスリップしたような気持ちです。本当に嬉しいです。ありがとうございます」と、にこやかに場内を見渡しながら自身の心境を語った。


 会場はほぼ満席。これが初めての鑑賞となる方がそれなりに多く、25年前の封切り時に劇場で鑑賞している方もかなり多く来場していた。やはり名作とは、四半世紀の時を経ても変わらず愛されるものらしい。


 本作が撮影された90年代後半というと、浅野が新たな映画スターとして次々に話題作の看板を背負っていた時代。浅野に出演のオファーをした理由を司会者から問われると、「もう本当に、あの当時からすごい役者さんだったんですよ。何なんだろう、もうダントツ。単純に僕の好きなお芝居をするタイプの人だという印象でした。青山真治監督の『Helpless』(1996年)で若者の狂気を演じていましたよね。あれがまったく演技に見えなくて。本当に怖い人なんじゃないかとドキドキしていたのですが、お会いしてみると優しい方でびっくりしました」と答え、当時の浅野に対する印象を語る石井監督。


 次に、オファーが来たときの心境について質問された浅野は「『僕でいいんですか?』と聞いたのを覚えています。原作のキャラクターと僕自身の見た目があまりにも違うので、『僕でいいんですか?』って。それから監督に、初めて手がけた作品を見せていただいて、さらにクレイアニメの作品も見せていただいたんです。そこで、『すごい作品が来た!』と思って、『絶対にやりたいです!』とお返事しました」と当時を振り返る。


・面白いからカットをかけられない


 望月峯太郎のマンガ作品を実写化した本作には、現実離れしたキャラクターが数多く登場する。演じるのは鶴見辰吾や寺島進、島田洋八、我修院達也(若人あきら)、岸部一徳といった面々だ。本作ならではの現場エピソードについて聞かれた浅野は、「見てのとおり、いろんなキャラクターが過激なかたちで登場します。それはもう、にぎやかで面白いものでした。あと、寒くて血糊まみれだったのを覚えています」と答えた。


 続いて司会者がキャスティングの妙にも言及。島田洋八や我修院達也の怪演は一級品だ。「いやあ、我修院さんはやっぱり強烈でしたね。トイレで「ドナドナ」を歌うシーンを撮っているときに監督に、『石井ちゃん、キー(声の高さ)はこれでいい?』と確認を取っていましたよね」と浅野が話を振ると、「ずっとキーを気にしていましたね(笑)」と答える石井監督。浅野がそのときの様子を少しだけ再現し、客席からは笑い声が。


 「浅野さんのアドリブも冴えていましたよね。浅野さんは『カット』と声をかけるまで、ずっとお芝居を続けるんですよ。それがすごいなと思って。しかも面白いからカットをかけられないんです」と撮影現場での浅野のアドリブについて石井監督が話を展開。すると、「いや、カットがかかるまで芝居を続けろと10代の頃に教わったので」と答える浅野。さらに石井監督があるシーンで浅野が口にしたアドリブのすごさと、それがそのまま本編に採用されていることに触れると「またああいうことをやりたいですね」と浅野が返答。会場内の誰もが「見たい!」と思ったに違いない。


・まだまだ石井監督と僕は何かできるんじゃないか


 『鮫肌男と桃尻』で初タッグを組んだ石井監督と浅野はその後、『PARTY7』(2000年)や『茶の味』(2004年)、『ナイスの森〜The First Contact〜』(2006年)、石井監督が原作などを手がけた『REDLINE』(2010年)でも映画づくりをともにしてきた。石井作品の現場の特色として浅野は“ファミリー感”を挙げ、「緊張しないんですよね。だからなのか、俳優としていろいろやってみていいのだと思える。僕が現場で重要だと思うのはムードなので。あのムードはなかなかありませんね」と、石井作品の常連俳優として語る。


 そんな浅野の俳優としての魅力について「それぞれのキャラクターにぴったりフィットしているというか、そこで生きているんですよね。『茶の味』でもそうでしたが、浅野さんが出てくると(カメラの)モニターを見ない。みんな本人しか見ないんです。次は何をやるんだろうって。素人と組んでもリアルな芝居を成立させますしね」と石井監督は語る。続けて「『鮫肌』は絵コンテを二回も描いているんです。だから自分の中にある画に飽きてもいた。商業映画はこの一本を撮ったら終わりでいいやという気持ちでもいたので、とにかく浅野さんたちが好きにやってくださるのを楽しんで見ていました」という裏話も飛び出した。


 さらには長編アニメーション『REDLINE』のほうへも話が展開。アニメは実写映画と違い、観客に対して明確にセリフを伝えなければならない。ところが浅野が「僕は滑舌が悪い俳優ですからね」と口にすると、「いや、あれがよかった。浅野さんはあれがいいんですよ。あと昔は、声も小さかったですよね。録音のスタッフが浅野さんの声に対してだけ感度をガンガン上げていましたから。僕にしか聞こえていなかったんですよ(笑)」と語る監督。それに対して浅野は「本当にもう、声の話だけで一時間はできますね。滑舌が悪くて声が小さいっていう。30歳を過ぎた頃には山田洋次監督から『浅野くん、滑舌はしっかりしなさい』と言われて、そこでだいぶ鍛えられましたね。でもハリウッドで『バトルシップ』(2012年)という作品に参加させていただいた際、共演者のリーアム・ニーソンさんの声がめちゃくちゃ小さくて。ちゃんと通じるじゃないかと(笑)」と浅野が語ると会場内にはまたも笑い声が。石井監督は「あれがよかったんですよね」としみじみと口にしていた。


 フォトセッションでは客席からの「浅野さーん!」という呼びかけに応えるように、浅野がさまざまなポーズでファンサービス。司会者から最後に一言ずつ求められると、「来ていただいて本当に感謝しています。僕自身、内容もちょっと忘れかけていたのですが、今回のBlu-ray化に向けて作業をしていくうちにだんだん思い出してきて。こうして見てくださる方々にお会いすることができました。本当にありがとうございます」と石井監督が感謝の言葉を述べる。浅野は「『鮫肌』だけでなく、石井監督とつくった作品は国内外でたくさんの方から『好きだ』と言われますし、こうしてまたBlu-rayというかたちになってみなさんのところに届くのが嬉しいです。ということは、まだまだ石井監督と僕は何かできるんじゃないかなと思っています」とファンの期待を煽る一言で締めくくる。『鮫肌男と桃尻女』の狂騒的な世界観とは異なる、和やかな一夜となった。